大前研一氏が描いたマレーシアのICT構想

マハティールの参謀として
現在のマレーシアのICT産業の基礎となる構想を描いたのは20年前の大前研一氏だった。
1995年当時、大前研一氏はマレーシア首相(当時)マハティールの経済アドバイザーとして、マハティール氏に「これからはマルチメディアの時代になる」と提言し、最先端のITインフラによる都市整備、大胆な規制緩和および優遇措置などを取りまとめた「マルチメディア・スーパーコリドー(MSC)構想」を考案。その後、マレーシアの関係省庁やICT事業者もプロジェクトチームに加わって、MSC計画の「マスタープラン」の作成作業が進み、1996年10月にマレーシア政府によって正式に承認された。

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大前氏の狙いは何だったのか?
もちろん、ICT産業の育成をマレーシア経済の1つの柱にするということが目標であるが、更に俯瞰的に見れば、2020年に先進国入りを目指す「Vision2020」の大目標を達成するために、マレーシアの産業構造を変革することにあったと思われる。マレーシアは1980年代半ば以降、電子部品などの工業製品の輸出を経済成長の柱の1つにしているが、そのような労働集約型産業はいずれ豊富で割安な労働力をもつ中国やベトナムなどアジア圏の国々に太刀打ちできなくなると見越していた。

いわゆる「中進国の罠」(中進国のジレンマ)と呼ばれる経済の踊り場だ。そこで、大前氏は20年前から世界トップクラスの外資系ICT企業の誘致、情報インフラの整備や人材教育等を通じてICT産業を知識集約型産業として育成し、2020年までに経済構造の高度化を実現するプランを提言したのだろう。大前氏の提言から20年が経過した現在でも、マレーシア政府はMSCに全面的なコミットし続けている。

MSC構想のもとICT産業は成長
現在、MSC構想のもとICT経済特別区で認定を受けている企業が2,652社(2015年2月)あり、ICT産業はマレーシア全体のGDP(2012年度)のうち12%を担うまでに成長した。ICT経済特区は約7000エーカーもの広大な土地に造られたサイバージャヤから始まり、マレーシアの主要都市でICT経済特区は39か所の地域や認定ビルに広がっている。マレーシアのICT産業は着実に成長を遂げてきたといえる。msc-view

2020年に向けて残された課題
ICTの最新技術やトレンドは常に変化し続けている。マレーシア政府および関連機関はクラウドサービスやビックデータ、IOTなどのITトレンドにも対応できるように施策を打ち出してキャッチアップしているが、あえて2つの課題をあげておきたい。

課題1:高度なスキルをもった人材の国内定着
最新技術を生かしてビジネスを創出していくには高度な技術や知識をもったエンジニアやマーケッターなどの存在が欠かせないが、今までそのような貴重な人材はより高給を得られるシンガポールに流出する傾向があった。その流れを止めて優秀な人材の国内定着を進めるため、マレーシア国内に満足できる場を作れるかどうかが課題となっている。

課題2:超高速回線の敷設
マレーシア国内と世界のインターネットをつなぐ回線の高速化も重要なポイントになるだろう。クラウドサービスやビックデータを扱う回線のレスポンスのみならず、昨今の金融取引で主流になっている超高速取引ではミリセカンド単位での処理スピードで莫大な利益の差が生まれる状況となっており、そのためのネットワーク回線が重要となる。今のところ香港やシンガポールに光海底ケーブルの大動脈がつながっていて、国際的な金融センターとしての地位を確立しているが、マレーシアも同様に超高速回線を導入、拡張していくべきだろう。マレーシアはイスラム社会向けの金融事業では世界をリードしている強みがあり挽回できるチャンスがある。

「Vision2020」の真価が問われる2020年まであと5年。経済の踊り場に悩まされることなく経済成長を継続させて先進国入りを果たせるのか。2020年までにマレーシアGDPの17%に貢献することが目標設定されているICT産業には、大きな期待がのしかかっている。